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* ゆらら乳がんと歩む *
温泉大好きな"ゆらら"が乳がんと共に歩む生活記録

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ありがとうございました。

ゆららの息子のカカオです。
既にご存知の方も多いかと思いますが、ゆららは6月5日の午前7時に息を引き取りました。
病気や治療の経緯についてはこのブログで書かれていると思いますので、2月に入院した後の事だけを簡単にご報告させて頂きます。


2月に風邪をこじらせたのか、激しい嘔吐を繰り返して休日夜間診療に駆け込みました。
しかし、一度帰されてしまい、その後も嘔吐が続き素人目にも危険な状況でしたので、再び休日夜間診療に行くと、それでも帰されそうになりました。
そこに偶然居合わせた別の先生に「脱水で危険だから」と診断して頂き、緊急入院となりました。
そこで帰されてしまっていたら、そのままと言う事もあったかもしれません、、、


入院後、嘔吐は腸閉塞から来るものである事がわかりましたが、腎臓等の数値が芳しくなかったため、しばらく様子を見ることになりました。
しかし、そのままでは食事も治療も行えないので、腸閉塞の開腹手術を行う事になりました。
手術後に知らされたのは、多臓器転移が見られたとのこと。
そして、余命宣告でした。


腸閉塞は順調に回復し、食事も少しずつとれるようになりました。
体力も回復してきたので、治療を再開するとの事。
主治医の薦める抗癌剤による治療でした。
その時母が「難しい選択だよね、諦めるのか続けるのか」と言ったのですが、私は「そうだね」としか言えませんでした。
母は治療を続けずに、悔いの無い最後を迎えたかったはずです。
しかし、父の気持ちや主治医の考えは違う。
今思えば母の精一杯のアピールだったのかも、、、
分かっていたとしても「完治を諦めろ」と言うのは難しかったでしょうが、もし時を戻せるのならば無理な治療は止めようと言ってあげたかったです。


抗癌剤を使用した後、激しい副作用に襲われ、白血球や血小板の数値が異様に下がってしまいました。
一時はそのままと言う事も考えられるほど危うい状態になりましたが、なんとか乗り切ってくれて一度は外出で家に戻る事もできました。
その時に「ラーメンが食べたい」と母が言うので、白髪ネギをたっぷりと入れたラーメンを精一杯心を込めて作りました。


私はそのまま治療はしないものと思っていたのですが、もう一度抗癌剤をやると言っていました。
さすがに心配だったので「量とかきちんと調整してやるんだよね?」と聞いたのを覚えています。
母は「たぶんね」と何ともいえない表情をしていました。
家族のために、最後まで戦う事を選択してくれたのかな?


2回目の抗癌剤を使用した後、1回目と同様に白血球や血小板が減少し危険な状態に。
そしてそのまま帰らぬ人となってしまいました。
抗癌剤の使用が死に至らしめたのかどうかは私にはわかりません。
しかし、主治医の言う「使えば半年かもしれないが使わなければ3ヶ月かもしれない」は絶対に間違いだったと確信しています。
最後の最後まで主治医と折り合いの付かなかった母。
それでも家族と一緒にいられる近くの病院を選択した母。
それを思うとやり切れない気持ちになります。


母が亡くなる前日、まだ体調はすぐれず普段なら見舞いも遠慮していたでしょうが、何故か妻と子供と一緒に見舞いに行きました。
皆が体調が悪かったので、短い時間で引き上げましたが、こんな事になるならもっと長く居れば良かった。
1歳と2ヶ月になる息子が覚えたばかりのバイバイをすると、弱々しくですが手を振り返してくれた姿が忘れられません。
私達が帰った後、間もなく眠るように意識が無くなってしまい、次の日の朝に亡くなるまで意識が戻る事はありませんでした。


通夜、葬儀には本当に多くの方が駆け付けてくださり、感謝の言葉もありません。
メーリングリストの仲間や、このブログを見ていてくれた方からもメッセージを頂き、感動しきりでした。
思えばこのブログを始めるように薦めたのも私、「きららの会」をやるように薦めたのも私でした。
残された時間を少しでも有意義に過ごせれば、一人で思い悩むよりはと思っての事でしたが、皆さんの温かいお言葉を頂くと間違いではなかったと思えます。


最後に、お見舞いを頂いた方、ご弔問を頂いた方、本当に良くしてくれた担当看護士さん、このブログを含め母と交流して頂いた全ての皆さん、本当にありがとうございました。
暖かい皆さんに囲まれて、母は本当に幸せな人だったと思います。
このブログは見て下さる方がいる限り、ゆららの生きた記録として遺しておきたいと思います。


私のブログでも書かせて頂いていますので、よろしければご覧下さい。
こちらは経緯と言うよりも私の気持ちと母の人となりを中心に書かせて頂いてます。
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【2006/06/10 23:43】 メッセージ | トラックバック(1) | コメント(17) |
ゆらら
  • Author:ゆらら
  • 温泉好きの50代女性
    2002年に乳がんになり、全摘腹直筋皮弁同時再建術を受ける。6ヶ月で皮膚転移し、現在も治療中。
    ※ゆららは2006年6月5日に永眠しました。現在の管理人は息子のカカオです。
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